阪神・淡路大震災
ボランティア活動
地震直後に現地において被災者支援のボランティア活動に参加した人の数は一日平均2万人超、3ヶ月間で延べ117万人とも言われる。被災地でのボランティア活動(専門ボランティア・情報ボランティアを含む)の重要度に対する一般の認識も飛躍的に高まった。現地には行かずに被災負傷者の為の献血・義捐金拠出・物資提供などの後方支援に携わった人々も含めると参加人数はさらに増えるものと見られる。
このために、この年は日本における「ボランティア元年」とも言われる。後に、内閣は1月17日を「防災とボランティアの日」、17日を中心とした前後3日の計7日間を「防災とボランティア週間」と定めた。
1995年1月から3月の終わりまで、約二ヶ月間、神戸の室内小学校というところの五階の教室に寝泊りしながら、ボランティアをやっていた。あれから、既に14年が経ち、記憶は、どこか薄くなって、断片的となり、ほとんど覚えていない。しかし、結果だけは残っており、妻とは、その避難所で知り合ったので、子ども達が生れたのも、震災の奇縁である。
あの大震災で多くの人が亡くなり、多くの物が奪われた。しかし、そこから生れてくるモノもある。僕自身は、あの場所で、ボランティア団体のリーダーとしていろいろなことを学ばせて頂いた気がする。あそこに、あの時いなかったら、もしかしたら、政治家という道を選ばなかったかもしれない。改めて、亡くなった方々のご冥福を祈ると共に、当時、お世話になった避難所の方、ボランティアの方、その他関係の方々に、感謝の気持ちを表したい。
僕は、あれから大きく変わってしまったと思いますが、感謝の気持ちだけは、永遠に覚えていこうと思っています。あそこに、僕の原点があると思っています。



