8月9日午前11時2分、長崎原爆投下

今日は、長崎県出身の僕にとっては、特別な日である。昭和20年8月9日午前11時2分、長崎市内に、原爆が投下された日ー小学生の時より、長崎県内では、8月9日が、夏休みの登校日で、毎年原爆の記録映画を鑑賞したり、原爆の歌を歌ったりした。それが、多分、小中で9年間続いたと思う。
子どもながらに、原爆こそ、戦争の最も悲劇的な象徴であり、戦争に対する絶対的な嫌悪感を持ったのは、この時期を通してのことだと思う。家に戻ると、従業員のおばさん、近所のおばさん、漁師さんは、被爆者だったから、改めて、授業で聞いてきたことを確認をとることで、心の中で反芻をしなおすことが多かった。
18歳となり、東京にでて、実は原爆教育というのは、広島県、長崎県特有のものであり、他の県では、ほとんど、そんなことをした覚えはないといわれたことに、一番に驚いた。
いま、改めて、この原爆という存在、そして戦争という存在を考えた時に、最も政治というものを意識してしまう。
政治評論家、森田実さんの言葉で、「戦争はしてはいけない、政府に戦争をさせてはいけない。二度と母親に悲しい思いをさせてはならない。政治は、国民を幸福にするためにある、国民を不幸にする政治は変えなければならない、六十年間、この思いを胸に生きてきた...」とあり、全くそう思った。
今、歴史の風化、不景気化により、世の中が右傾化しているように思う。しかしながら、戦争に絶対反対というのは、自分の信念のため、永遠に変えられない。63年前の今日、改めてそう思う。




