四川大地震を思う。
14日、中国四川において、未曾有の大震災が発生。いまだに、数万人の人が生き埋めになっている模様。いろいろと、国家間のせめぎあいはあるようだが、やはり、人命を最優先させて欲しいと、中国政府に対して思う。
十数年前、神戸の長田区において、二ヶ月ほど、震災のボランティアを半倒壊前の小学校において行っていた。もう一回、震度5以上の地震が来たら、倒壊するといわれていた建物だけに、少し揺れる度に、死を覚悟することもあった。隣の高校のグラウンドには、一面のテントが貼ってあり、高校のみならず、体育館にも人が溢れていた。まだ学生だった僕は、被災者のためにできることをいろいろと実行しようとしたが、このような状況においても行政の壁の高さを感じることは、多々あった。
いま、隣国で大地震が起こり、多くの人が生き埋めになっている状況において、改めて行政制度の不備を思う。少しでも多くの人を救うために、行政ができることは、本来は多い筈なのだが、もともと、地震の対処を、国家間で想定しあっていないため、このような不幸が起きる。
日本も同じく地震大国として、まずは、隣国に起きた未曾有の大地震に立ち向かうと共に、国家として、しっかりとした地震対策をまとめておかなければなるまい



